中医学とは何か こんた治療院
今回は、中国医学(中医学)とはいったいどんなもの?という質問にお答えしたいと思います。 どんなもの?といわれても医学の事ですから、それを数行で済ます事は世間が許してくれない?と思いまして。今回はビシッと書いてみました。え〜っ?本当にビシッと書いた?本当です。
中国医学は中国の陰陽五行論などの哲学理論を医学として応用したもので、鍼灸の経穴(ツボ)や中薬(漢方薬)の様に臨床から発祥したものを理論と重ね合わせた、いわば理論と臨床効果を一致させた医学です。 中国では中医医科大学にて中医学を学び、医者としての資格を修得します。そして、その中から専門分野に分かれ、小児科、内科、婦人科など各専門を設けて中医学の治療を中国人民に提供している状況です。 中医学は冒頭にもありましたように、理論と治療法のマッチングという独特な形態を持つ医学です。 この理論とは患者の訴える症状や症候を読み取るための理論と解釈でき、現在の症状で訴えている物の実体をできるだけ形容しようとする努力がなされます。そのため、風の邪(ふうのじゃ)、寒の邪(かんのじゃ)といった言葉を使いますが、風(ふう)や寒(かん)というのはその病態の性格を表すもので、今までの病態の経過や今後の予後の決定などを考察する為のキーワードになったりします。そして治療方法を決定するのも、このキーワードによって治療法則を決定してからの作業になります。 キーワードを見つける方法は、これも中医独特の診断方法によって行われます。これを四診法といって、望聞問切(ぼうぶんもんせつ)の4つの分野に分かれ、その診断の結果を最終的に1つにまとめて、キーワードの絞り込みを行ってゆく作業です。西洋医学でいう診察方法です。 このキーワードを解読する事によって私たちが飲む漢方薬や、鍼などで使用する経穴(ツボ)の選択がなされてゆくのが中医学の基本です。そして、キーワードの解読方法を私たちは弁証論治(べんしょうろんち)と呼んでいます。 この弁証論治は中医学の集大成ともいわれる疾患データの解析をそのまま治療へ結び付けられる様に工夫されたいわば方程式の様なものです。 中医学を専門的に説明するとこの様な構成のもとに治療を展開するのが中医学といわれるものです。単に漢方薬を飲んでいるとか、鍼治療したなどでは中医学を受けているという事にはなりません。この弁証論治に基づく治療を受けているならば、それは中医学の治療を行っているといってよいと思います。
坐骨神経痛と診断された患者さんを例にとってみましょう。( 坐骨神経痛は下肢に起こる神経痛です。詳しくは<治療の窓>を御覧下さい。) 中医では、この種の痛みは痺証(ひしょう)といって、原因は中医独特の分類に考察してゆきます。この場合、外傷性の分類を除くと、その独自の分類で発症初期は、風・寒・湿・熱が組み合わさって神経痛の原因を形成すると考えます。この原因分類は、その疾患の症状を性質分類したものなのです。そこで神経痛で最も多いのは、皆さん御存知のように冷えです。冷えはその性質から『寒(かん)』という分類がなされます。そして神経痛は神経経路に沿って現れるので比較的固定的な痛みと考え、数日間痛みが持続するので、とてもしつこいものと考えこれを湿の性質と分類します。比較的固定の痛みと書きましたが、神経のフィールド内で痛みが移動したかのように、お尻の所が特に痛くなったり、膝の後ろが痛くなったり、足底部が痛くなったりと痛みが移動している様に思えるような、遊走性の様な症状は風の性質と分類します。現在このような症状が全てあるという場合は、『風寒湿』の性質を持った痛みと考えるのです。 中医学では痛みの原因となる実体をこのように独特に分類して、治療法を変えてアプローチしてゆきます。
このケースの痛みは、中医では「不通則痛」といって、経絡(けいらく)がつまる事によって痛みが出るという、1つの考えを持っています。その痛みの原因を解消し、経絡を通じるようにする事を専門用語で「疏通経絡(そつうけいらく)」と言います。この流れは「不通則痛、故疏通経絡」と言いますが、これがこの場合の痛みを取る治療原則の主で、原因は『風寒湿』という様に考えて行きます。
物事には2つが存在すると説明します。まだ宇宙の事が解っていない時代から、太陽を陽としたならば月は陰と説明します。表と裏という表現がありますが、陰と陽という表現もあてはまります。磁石もプラスとマイナスがありますが、これもプラスを陽、マイナスを陰と表現できます。また同じ液体でも、冷たい水を陰として、お湯を陽として考えます。動物ではオスを陽としメスを陰と表現します。これは物事を大きく2つに分けるための相対的な方法です。 しかし陰陽理論が特徴的なのは3つあり、1つはそれぞれ分割したものを絶対的な陽、絶対的な陰とは言わないのです。つまり陽と分けたものの中にまだ陰と称するものが存在しているという事なのです。 2つめの特徴は陰と陽は互いに切っても切り離せないもので、絶えず運動を行いながら増加したり減少したりしているというものです。この考え方は化学的にも理屈があてはまります。生きているものならば理解しやすいですが、生物ではないものは運動している事がわかりにくいものです。しかし古代の人はそういった事まで、認識していたと考えられるのがこのような理論の一端からもわかると思います。鉄やガラスなどは生きていませんが、分子レベルでは常に微弱ではありますが運動をしています。ですから熱を加えることにより加工ができるのです。 また身近において、陰陽を使って運動を説明する場合、水を例にすると非常に面白いです。水は陰の代表的存在です。空気は陽の代表的存在です。水の中には酸素を始め窒素等の気体が存在しますが、魚等はエラでその気体を体内に取り込みます。これを、『陰の中に陽』と解釈いたします。そして水がさらに運動をしはじめると、水蒸気となり空気と混じろうとします。水炊きのお鍋のお湯が無くなるかのごとく、お水は少なくなるのです。そして水は空気中に舞い上がります。しかし空気中にも目に見えない水が存在します。これを『陽中の陰』と解釈します。やがて水は水蒸気から雲になり雨となってまた地上にもどってきます。これが陰陽の運動なのです。 3つめとして、この陰と陽は相互に運動をくり返すうちに1つのものを創りあげるという事です。つまり生まれるという事です。人間の死を陰陽論では、陰陽分離、陰陽離脱と表現します。逆に生を受ける事(妊娠する事)を太極となすといいます。私たちが知っている、あの太極拳の太極と同じ意味です。またあの太極マークを見たことがあると思いますが、まさにあのマークは陰陽論の図解なのです。白は陽、黒は陰を意味し、白のフィールドに黒い円があり、黒いフィールドにも白い円があります。そして大きく1つの円をなして太極を意味しています。
例えば季節を春夏秋冬というならば、1つ季節が足りないとお感じでしょう?実は夏の暑い日を土用(どよう)といって夏と秋の間に位置づけて、季節を5つに分けて考えています。私たちの習慣では、土用のうなぎの日といえばわかりやすいかもしれません。 五行説は木・火・土・金・水(もっかどごんすい)という5つの属性にわけて、ものの位置付けをしています。土用の土は季節でいうと真ん中で土の季節という意味です。土の季節の土の日は、一年でもっとも土の性質が高まる日であると五行では考えています。 この時期に栄養のあるものを摂取しましょうという意味は、中医学でいうと2つの意味があります。その意味を解説する前に、私達のからだの組織の五行論をまずは解説いたします。 身体の臓腑も 陰と陽と五行に分けます。臓と呼ばれるもの、肝・心・脾・肺・腎は陰と区別し、腑と呼ばれるものは胆・小腸・胃・大腸・膀胱を陽と区別しています。 五行論では、前にあげた季節との関係を臓腑の関係と照らし合わせる事ができるのです。つまり春と肝と胆は同じ属性で木の属性、夏と心と小腸は同じ属性で火の属性、土用と脾と胃は同じ属性で土の属性、秋と肺と大腸は同じ属性で金の属性、冬と腎と膀胱は同じ属性で水の属性を示しています。 さて、土用のうなぎの話を更に持ち出すと、季節で一番暑い日は土用と言って、胃腸機能が低下しやすい事を意味しますが、実際は健康な場合は土の機能がよりフルパワーになっているため、暑い季節をのりきる事が容易であると考えます。そしてこの時期に食欲低下を感じるという事は、土の性質を持つ臓腑の機能低下があると指摘し、栄養のある食材を確保しなさいという意味での示唆をしているものと私は分析します。 中医学でいう2つの意味とは、生理的には順調でなければならないという意味と、こういったもっとも臓腑の勢いがある時期に機能低下があるのは、臓腑の勢いが低下しているという事を意味しています。 私も度々この五行を用いて講議をする事がありますが、この五行とは生理と病理を同時に示唆する役割を持っている事を専門的に説明する事が多いです。というのは大概多くの人は病的考察に用いる事を好み、生理的な構図であることを理解していない人も多いからなのです。 さてなぜウナギを?というと私はその点については知りません。中医学は、うなぎを食べなさいとは書いて無いですけど…。栄養をつけて身体をいたわるという意味では、ピッタリの食べ物なのだと思います。
医学にとっても教科書になる。
私は、この様に中国医学で使われている陰陽五行論は、実は私たちの生活のためのテキストの1つであると 考えています。そのため、私は中医学は、中国版「人間生活のためのテキスト<医学編>」であるといつも思っています。しかし私自身はその全てを依託して治療には使用していません。あくまでも西洋医学的検知を念頭に入れて、治療に応用しています。それは現代医療には新薬というお薬の登場で、新たな臨床研究が中国医学にも必要になって来ているからです。
第3章 現代日本に必要なのは、 温故知新の現代中医学を加える事。
私は日本に帰ってきてからショックを受けた事の一つは、中国と日本の西洋医学のお薬、新薬の普及事情でした。明らかに日本で使われているお薬は、中国では無かったものが多いのです。 この現実は私にとっての新しい目標になりました。 中医学では四診法といって、4つの診断方法をうたっています。それは望診(ぼうしん)は形態や舌を観察する方法、聞診(ぶんしん)は臭いなどを観察する方法 、切診は触診する方法、問診は問診する方法です。そして、それは中医診断学という学問になっています。それは病気の性質や現在状況、発展予測を見極め治療手段をさらに具体化するための学問です。その四診法の応用をしていかなければ、いけないと思うようになったのです。臨床上の所見と、教科書上の所見は食い違いをみせるのは、当然あるものです。私の受けたショックは、内科治療における日本と中国の臨床所見の違いは、服用しているお薬の違いなのです。お薬の違いによって体表にあらわれる、脈や舌の状況が違う事に気がついた私は、以来30数年このテーマを頭にたたきこみながら、常に疾患の本体の状況を把握する努力を、現在もなお行っています。他の臨床家の先生は、どのように考えているかは全くわかりませんが、中医と西洋医結合と言っていますが、結合する接点ではさらなる臨床努力を重ねてゆく必要があると感じています。
中国医学はその道具に意味があるのではないのです。 中国の鍼や漢方薬、お灸などを使っていても、しかりとした弁証論治を行わなければ、疑似類似行為といえます。私たち中医師は独特な共通語を有しています。そのため中医師同志では、疾患の分析や治療などは非常に密に行えます。ですから中医師同志では「胃が悪かったのでこのツボを使いました」などという具体的で無い言葉は使いません。もっと具体的にさらに突っ込んだ胃の分析を行い、それにはどのような治則で、方法はどのようにということが必要であるはずです。それができてはじめて中医学をしていると、堂々と言っていただきたいと思います。 このごろ街には中国医学とか中国鍼とか掲げていて、中国ブームの様ですが、私の留学した1987年から1989年にかけては、私はよく「中国に鍼の勉強に行くなんて、今は日本の方が科学的だよ」なんて周りの同級生に言われたものでした。しかし年月が経って今では流行しているとか?。名前だけの流行では、ものまね名人日本と中国に笑われてしまいます。中医学の診断分析ができてこそ中国医学といえるし、日本の鍼を使っても良いし、和漢を飲んでも、弁証論治をしっかり行う事ができていれば良いと思います。それがすべて患者さんへ繁栄される事ですし、治療効果を最大限にひきだす基礎になるからです。
中医学の一部しか紹介できないのが残念です。
中医学にはいろんな生活の知恵も入っています。例えば医食同源といわれますが、食べ物を勉強したりします。中国の「本草網目」は食材の作用などを中医的に解説します。 また中医食療学も奥が深いものです。 これらは薬善(やくぜん)として紹介されているものばかりで、みなさん食べたことありますよね?。クコの実などは有名ですよね。
中医学を教える様になって、自分でもまだまだ勉強の途中だと感じでいたときに、教授から「君が教えないで誰が教えるんだ?」といわれた時には、もうそんな年月を過ごしてしまったのかと思いました。 私自身は、できるだけ中医学を生活に密着させて、物事をわかりやすく伝える努力をして現代に残せたらいいなと思います。現代中医学として引き継ぐ努力を今後も続けたいと思います。そして数万人いる中医師の一人として、さらに中医学を勉強しながら広めたいと思っています。 この文章の引用や他への転用は、禁止させていただきます。
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