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 パニック症候群
 パニック症候群 治療      こんた治療院

パニック症候群を考える
 

 毎月1,2名の割合でこのパニック症候群の治療をお願いされる事が多い。パニック症候群という言葉は私にとっては比較的新しい言葉であって、昔からこうした状況の治療は数多く手がけていました。今回はそのパニック症候群について考えてゆきたいと思います。

 パニック症候群の認識

 どのような病気であっても、その認知度が低ければその様なものは「気のせい」と診断を受けてしまうのが昔からの問題だった。なにせ新種の病気から名前(呼び名)の変わる病名も数多くその数を合わせたら毎年数十個以上の新しい病名が生まれていると言ってもよいだろうと思われる世の中。医者も専門外の新しい病気を診断できる能力は臨床的には難しい。
 そうした中で、特に検査所見で異常が見当たらないものにおいては、昔から私たちの仕事である東洋医学、中国医学の出番が非常に多かったというのも事実です。そしてこのパニック症候群という名前のいまいましい症状もその1つであります。
 私が臨床的に記憶している30年前のケースでは、こうしたパニック症候群は多く「乗り物酔い」という表現で治療をお願いされるケースが多かったのです。そして、電車や交通機関のトラブル、エレベーター内で車両や室内に閉じ込められると不安感が生じ気分か悪くなるという乗客のみなさんが、このパニック症候群の症状であることは昔はよくわかっていなかったのが現状なのです。
 さて、平成も27年になり、この数十年でこうしたパニック症候群はあちらこちらで聞かれるようになり、カミングアウトする有名人も多くなり、昔は「気のせい」といわれた、こうした問題にもようやく名前が明確に世間に浸透し始め、今では認識されたようですね。
 症候群(シンドローム)つまり、類似した症状のあつまりとしている診断名にはまだ不明なところがあるという意味も含み、精神医学の分野ではそれに匹敵するその他の症状も含む。
 その1つに過換気症候群というものがある。この過換気症候群は緊張状態の極限において発症する事が多く、メンタル的な安定期には起きない。昔から舞台俳優に多く、舞台の最中にも不安がつのり、舞台の袖にもどってマネージャーさんが袋を渡して過換気をしのぐという話はよく聞いたものです。(昔は、袋を使って自分の二酸化炭素を吸い込む事で落着くといわれていましたが、今はそうではない事が知られています。)人は緊張という精神的な問題に関しては、どんな熟練を積んでもこうした不安感と交わる事で経験という名の「お守り」も効力が低下する様です。

  パニック症候群で訪れる患者さんの様子

 このパニック症候群で悩む患者を診察すると、基本的には身体に大きな問題(疾病)を抱えてはいないことがはっきり解ります。つまり診察時には身体的異常を示す所見が見えないという事である。至極普通の人であることがわかります。
 こんなに苦しいのに?息が詰まって死にそうに苦しかったのに?そうなのです。つまり発作時にしか異常がみられないのです。
 では、このパニック症候群について私はどのように考えて、どのように治療してゆくのか私の臨床的分析をお話したいと思います。

  パニック症候群になる人

 まず初めに、このパニック症候群になる人は、どのような人がなるか?という事において、私は少なくとも人間であるならば全員そうした可能性を否定できないものだと考えます。つまりこの症候群は、人間本来の持つ、精神という領域から発症するものだと考えるからです。では精神的に病んでいるから発病するのか?という事については、私は病んでいないとお話しいたします。なぜか?それはこのコンテンツを読んでゆくとその事が解ってきます。

  パニック症候群の因子

 このパニック症候群の発作に関して、私は「発病条件の回避」を指示します。パニック状態を回避するための指示は、実は個人差がありこうした事は私との話し合いで実際の指示が行われます。そうするとパニック状態に陥りやすい条件を、自分で回避する事ができてくるのです。すると、自分自身でそうした状況を回避できた事に自信を覚えてこうした発作を極力回避できるようになってきます。
 その発病条件こそがパニック症候群の因子であるのです。そして、その因子についてお話を進めてゆきます。

蛇(へび)とカブト虫 心理的実行

 このお話はパニック症候群の発作条件をわかりやすく比喩的表現を用いて説明いたします。
 実は私は蛇(へび)が大変苦手な人です。しかしながら、夏になると山にカブト虫を取りに行くのですが、その嫌な蛇とご対面の多い事。また、釣りも好きで渓流へは行くのですが、これまた嫌な蛇とのご対面の多い事。そんな話を知人としていると、その知人は蛇は平気だし、手でも掴む事はできるというのです。
 その知人は私にカブト虫の捕獲場所を教えてくれた人なのです。そんな知人は私と同じ山にカブト虫を捕りに何度も入っているのですが、一度も蛇を見た事が無いというのです。そんなばかな?あんなに蛇のいる山に入って見た事がない???おかしいんじゃないの!と話すと、嫌いだからこそ見つけてしまうものと話がそこに集中しました。なるほど、私は山に入るとカブト虫より蛇を気にして前に進むのだ。これでは蛇を探しているのと同じなのだという事に気がつきました。だから蛇を見つけるのだ!蛇がいそうなロケーションは私が一番知っているんだから当たり前か。だって嫌なんだから…。

 そうです。私の蛇に対する嫌悪が、実は蛇を見つけるという実行へと移されていった事がわかります。これこそがパニック症候群の発作因子です。私が蛇が苦手なあまり、出会わないようにと考えていた事が、もしも出会ったら最低でも回避したいという気持ちから蛇を実際には探してしまっていたという事なのです。これこそが心理的嫌悪が実行された問題と考えられます。

パニック症候群とのファーストコンタクト

 パニック症候群に初めてなったとき、その時は誰もがこれがパニック症候群かなんて思わない。締め付けられる息苦しさと、冷や汗をどうにかしたいと思う事でしょう。しばらくするとその症状は落ち着き、何事も無かったの様にまた呼吸もできる。いったいなんなのだろう??でもこんな病気は病院へ行ったらすごい事になって入院するかもしれない。病院へいきたくない!今は何でも無いんだからきっと大丈夫だ!きっと大丈夫さ…。という具合に突然襲ってきて、パッと姿をなくすために、気持ちはすごく不安だが自分の身体に何が起こっているのか解らないまま、意外にも病院へ行く事も怖くなり放置する。今は平気なのだからきっと大丈夫だという自己判断で済ませてしまうものです。

そして2度目の発作

 初めの発作があってから、実はそうした経験をした事がある人に話を聞いてみたり、うすうす自分がそのパニック症候群だったのではないかと思っているうちに2度目の発作に遭遇する。やっぱり治っていなかったんだ、この苦しい発作は前回同様だ。自分はパニック症候群なんだと2度目の発作で自覚するのである。

パニック症候群の因子2

 パニック症候群の初めての発作は理由も無く突然やってきます。しかし、2回目以降の発作には、発作のきっかけになる条件があるのではないかという事が解ってきます。例えば、満員電車というスチエーションです。このスチエーションは若干人によって異なります。満員電車と同じ環境を模索してゆくと、閉塞感や閉鎖感に到達します。満員電車でなくともエレベーターでも同じ事につながります。そしてこの状況で電車やエレベーターが故障で停まればパニック条件は出来上がりです。でも停まらなくてもパニックは起きるのです。それは電車が停まる可能性を考えている時に精神的に気持ちが揺れて発作を起こすからなのです。もっといえば、満員電車であることで、すでにその気持ちの揺れが生じているのです。
 私はこのパニック症候群の治療において、小学生から診察しています。つまり感情が豊かになり、感情のコントロールが必要になるころにこうした症状があるのだと考えています。強いていえば、きっかけは、「恐怖感」というものを心で考えだした時に起こる人の究極的な反応であると考えています。この恐怖感というのは、実は電車やエレベーターも代償されたもので、何の恐怖感なのかというと実は人間関係への恐怖感なのです。
 この人間関係の恐怖感と同じ様な恐怖感のスチエーションが電車であったりエレベーターだったりするのです。キーワードは、もしも…という事。小学生の高学年になるとこうした考えを既に充分持ち合わせてきます。小学生の場合はその人間関係の問題は、実は同級生同士ではなく大人との接触にあるのです。大人の難しい話や行動を強いられるときに、子供はしたくともできない自分に不安を覚えます。そしていつしかその相手を怖い人と思うようになり、その人の発言すべてが自分への虐げに思えてくるのです。でもどうあがいても自分にはどうする事もできない。怖いと思う事しかできない。
 大人の場合にはその相手は様々です。時には上司だったり、同僚だったり、友人だったり、接待しているお客さんだったり、トラブルを抱えている人だったりします。こうした状況の中で発生した「恐怖感」の身体的表現がパニック症候群ではないかと私は考えています。そして、一見すると全く違うスチエーションですが、心の中では同等の恐怖感とみなされて身体が反応し、発作が起きるのだと考えています。蛇が嫌いな私が蛇の話をして想像すると、鳥肌が立ちますが、想像から身体的反応という事実は身近にも存在するのです。
 過換気症候群の俳優さんは、自分の演技が客さんの満足した反応を得られるかがとても心配になる。サッカーやチームプレーが必要になるスポーツでは、チームのみんなとの反応、さらにそれを指示する監督の反応が心配になる。こうした事があると、一人で孤独になるとその恐怖感が増してくる。ただ単に孤独という事ではなく、そこにはさんざん自分に問いかけたが何も答えが出せなかったという孤独感でもあるのです。そんな時に「ここはこうするとうまくいくんだよ!」という半ば強引なアドバイザーがいれば妥協点が探れて答えが出るチャンスがあったのです。でもそれは、今からでもそれは遅くないんです。

パニック障害をやつけろ!

 そうした心の中にある「恐怖感」をやっつけに行く事がこのパニック症候群を治す最大のポイントであると思っているのは、もしかしたら私だけなのかもしれませんが、そうした治療が今のところ功を奏しているので、私はこの治療を続けてゆくつもりです。きっと様々な良い治療法があるのかもしれませんが、私なりのパニック障害への取り組みのほんの一部をコンテンツに書いてみました。パニック障害を治せるか?とのメールが来る前に一言お話をします。パニック障害を治すのは私ではなく、あなた自身なのですという事です。私はそのための、サポーターなのですよ。
  それとセロトニンの不足で起こるとしても、そのセロトニンを不足させるのは、なぜなのでしょう?セロトニンは腸にはたくさんあって、脳はその2%程度しか使ってないんですよ。本当にセロトニンだけの問題なんでしょうか?
  たまには身体のツボを使って身体をケアする事が、そうした機能を万全にサポートする事になると考えています。身体に有っても使えないのならそれも問題ですね。私のコンテンツストレスを考えるも読んでみて下さいね。

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